ぬかだろっぷく 明治23(1890)年10月2日、現在の岡山県勝田郡勝央町勝間田に、質屋で地主でもある嘉十郎、八重乃の五男として生まれる。本名 むつとみ。少年時代に右手首を失う。また、脊椎カリエスを病み、作家志望の意を固める。
 岡本綺堂に師事し、早稲田大学に学びながら劇作し、大正5(1916)年、雑誌「新演芸」の歌舞伎座用脚本募集に応募した「出陣」が1等入選した。大正6(1917)年、羽左衛門、左団次によって上演される。その他「暴風雨のあと」「小梶丸」が、沢田正二郎の新国劇にとりあげられる。
 早稲田大学卒業後、師綺堂の史劇の作劇法をよく継いで、大正末期に至るまで、大衆の嗜好をつかむ巧みな舞台効果と俳優の個性を生かした商業演劇の作品を歌舞伎、新派、新国劇のために数多く書いた。
 昭和23(1948)年12月21日逝去。享年58歳。

代表作:「眞如」(1922年)
    「白野弁十郎」(1926年/『シラノ・ド・ベルジュラック』翻案)